「高齢者虐待」と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?

介護

私たちケアマネジャーは、介護を必要とする高齢者や、そのご家族の生活を支援する仕事をしています。

その中で、とても重要なテーマの一つが「高齢者虐待防止」です。

高齢者虐待防止については、法律に基づき、介護に関わる事業所や専門職が適切に対応できるよう、研修や必要な体制整備が求められています。

私自身も、ケアマネジャーとして高齢者虐待防止について学び、日々のケアマネジメントの中で、虐待の早期発見や不適切なケアがないかという視点を持って、利用者さんやご家族と関わっています。

では、ここで一つ質問です。

「高齢者虐待」と聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべますか?

高齢の母親に息子が暴力を振るう。

年金を家族が勝手に使ってしまう。

食事を与えず、家の中に放置する。

おそらく、こうした場面をイメージする方が多いのではないでしょうか。

もちろん、これらは高齢者虐待に該当する可能性があります。

でも、実際の介護の現場で私たちが向き合っているのは、もっと身近で、判断が難しいケースも少なくありません。

その一つが、日々の何気ない「アセスメント」です。


「歯磨きはどうしていますか?」

ケアマネジャーは、ご自宅を訪問した際、利用者さんの日常生活についてさまざまなことを確認します。

その中には、こんな質問もあります。

「歯磨きはどうしていますか?」

これは、利用者さんの口腔ケアの状況を確認する、ごく普通のアセスメントです。

ところが、この質問に対するご家族の答えは、実にさまざまです。

例えば、

「歯磨き?どうだろう。してるかな。よく分からないな」

本人の日常の様子を、あまり把握していないご家族。

また、こんな答えもあります。

「歯磨き?言っても全然しないよ。入れ歯も入れたまま寝てる。認知症になると、こんなだから嫌だね」

本人を目の前にして、現在の状況をそのまま話すご家族。

そして、こんなご家族もいます。

「歯磨きは言っても全然してくれないです。入れ歯も入れたままなんです。私も忙しくて、なかなか歯磨きまでできてなくて……すみません」

申し訳なさそうに話すご家族。

同じ「歯磨きが十分にできていない」という状況でも、その背景はそれぞれ違います。

そして、ここでケアマネジャーが見ているのは、

「この家族は良い家族か、悪い家族か」

ということではありません。

私たちが知りたいのは、

「なぜ、今この状況になっているのだろう?」

ということです。


ケアマネジャーは、質問への「答え」だけを聞いているわけではない

「歯磨きはどうしていますか?」

この一つの質問からも、さまざまなことが見えてきます。

本人の日常生活を家族がどの程度把握しているのか。

家族はどのくらい介護を担っているのか。

本人と家族はどのような関係なのか。

家族は認知症をどのように受け止めているのか。

介護について困っていることはないのか。

家族自身が疲れていないか。

「できていないこと」を指摘されたと感じて、申し訳なさそうにしているのか。

あるいは、本人に対して強い不満を抱えているのか。

そうしたことを、会話の中から読み取っていきます。

これは、アセスメントシートの項目だけでは、なかなか表現できません。

話し方。

表情。

声のトーン。

本人と家族の距離感。

そして、その場の空気感。

そうした一つひとつも含めて、利用者さんとご家族の状況を把握していきます。

そして、

「この人、この家族には、どのような支援が必要なのだろう?」

と考えます。

サービスを増やした方がいいのか。

家族の負担を減らした方がいいのか。

本人ができることを増やした方がいいのか。

認知症について、家族にもっと知ってもらった方がいいのか。

医療的な支援が必要なのか。

その答えは、家族によって違います。

だからこそ、ケアマネジャーのアセスメントは、単にチェック項目を埋めていく作業ではないのだと思います。


高齢者虐待は「殴る・蹴る」だけではありません

高齢者虐待防止法では、高齢者虐待は大きく5つに分けられています。

① 身体的虐待

高齢者の身体に外傷が生じる、または生じるおそれのある暴力を加えることです。

殴る、蹴る、叩くといった行為だけではなく、身体を不必要に拘束することなども含まれます。

② 介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)

必要な食事や水分、清潔保持、医療・介護などを十分に提供せず、高齢者の生活や身体を損なうことです。

「介護をしていない」という表面的な状況だけを見るのではなく、なぜ必要な介護ができていないのか、その背景を考えることも重要です。

③ 心理的虐待

著しい暴言や無視、拒絶的な対応などによって、高齢者に精神的な苦痛を与えることです。

身体に傷が残らなくても、言葉や態度によって本人の尊厳を傷つけてしまうことがあります。

④ 性的虐待

高齢者にわいせつな行為をすること、または高齢者をしてわいせつな行為をさせることです。

介護の場面では、本人の尊厳やプライバシーへの配慮も重要になります。

おむつ交換や着替え、入浴介助などの際に、必要なプライバシーへの配慮がされているかという視点も大切です。

⑤ 経済的虐待

高齢者の財産を不当に処分したり、不当に財産上の利益を得たりすることです。

年金や預貯金などを本人の意思に反して使うことなどが該当する場合があります。

一方で、家族が本人のお金を管理していること自体が、直ちに経済的虐待になるわけではありません。

本人の意思や生活状況、管理の必要性などを含めて考える必要があります。


一つの行為だけで「虐待」と決めつけるわけではない

ここは、高齢者虐待について知っておいてほしい大切なところです。

「歯磨きをしていないから虐待」

「家族が本人に強い口調で話したから虐待」

「家族がお金を管理しているから経済的虐待」

というように、単純に一つの行為だけで判断できるものではありません。

本人の身体や認知機能の状態。

本人の意思。

家族との関係。

介護者の負担。

家庭の生活状況。

これまでの家族関係。

さまざまな要素を見ながら、状況を考えていく必要があります。

だからこそ、ケアマネジャーは「虐待か、虐待ではないか」という二択だけで利用者さんやご家族を見るのではなく、

「今、何が起きているのか」

「なぜ、この状況になっているのか」

を確認することが大切なのです。


「頑張っている家族」ほど、無理をしてしまう

高齢者虐待を考えるとき、もう一つ忘れてはいけないことがあります。

介護をしている家族も、支援が必要な場合があるということです。

介護を始めたばかりの頃は、

「親だから、自分が面倒を見なければ」

「できるだけ自宅で生活させてあげたい」

「家族なんだから頑張らないと」

と、一生懸命になる方もいます。

でも、介護は毎日続きます。

認知症の症状への対応。

仕事との両立。

自分自身の生活。

経済的な不安。

睡眠不足。

介護サービスを利用したくても、費用の問題がある。

さまざまな負担が重なって、少しずつ余裕がなくなっていくことがあります。

そして、

「もう、何回も同じこと言わないで!」

と、認知症の本人に強い口調になってしまう。

言ったあとで、

「また怒ってしまった……」

と、自分を責める。

そんなこともあるのではないでしょうか。

だからこそ、高齢者虐待を

「悪い家族が高齢者を虐待する」

という単純な構図だけで考えてしまうと、本質を見失ってしまうことがあります。


高齢者虐待防止の目的は「虐待者を罰すること」ではない

「虐待」という言葉は、とても強い言葉です。

「虐待で通報された」

と聞けば、

「家族が犯罪者のように扱われるのではないか」

と不安になる方もいるかもしれません。

もちろん、高齢者の生命や身体が危険にさらされている場合には、安全を確保するために速やかな対応が必要です。

一方で、高齢者虐待防止の考え方は、虐待をした人を罰することだけを目的としたものではありません。

大切なのは、

高齢者の権利と尊厳を守ること。

そして、それと同時に、

高齢者を支えている養護者、つまり介護を担っている家族などを支援すること。

この二つを両輪として考えていくことです。

高齢者本人を守る。

そして、介護をしている家族も追い詰めない。

どちらか一方ではなく、両方を支えていく。

それが、高齢者虐待防止において大切な考え方です。


「もう無理です」と言っていい

もし、介護をしていて、

「最近、本人に優しくできない」

「イライラしてしまう」

「もう一人では無理」

「介護から逃げたいと思ってしまう」

そんな気持ちになっているなら、どうか一人で抱え込まないでください。

それは、あなたが悪い家族だからではありません。

頑張りすぎているサインかもしれません。

ケアマネジャーや地域包括支援センターなどに相談してください。

「こんなことを相談したら、虐待だと思われるのでは?」

そう心配になるかもしれません。

でも、早い段階で相談することで、介護サービスの利用やショートステイなど、家族の負担を減らす方法を一緒に考えることができます。

認知症について知ることで、本人への関わり方が変わることもあります。

家族だけで抱えていた介護を、専門職と一緒に支える介護へ変えていくこともできます。


一人で抱えなくていい

高齢者虐待を防ぐために、ケアマネジャーがしていることは、虐待を見つけて「通報する」ことだけではありません。

その家族が今、どんな状況に置かれているのか。

何に困っているのか。

何が負担になっているのか。

本人はどうしたいのか。

家族はどうしたいのか。

その一つひとつを確認しながら、

「どうすれば、この人と家族が無理なく生活していけるのか」

を一緒に考えていきます。

人には、それぞれの人生があります。

家族にも、それぞれの歴史があります。

価値観も違います。

だからこそ、「これが正しい介護」と一つの答えを押しつけるのではなく、その人、その家族の価値観を尊重しながら、必要な支援を一緒に考えていく。

それが、ケアマネジャーの役割の一つだと思っています。

高齢者の権利を守ること。

そして、介護をしている家族も守ること。

この二つを両輪で考えることが、高齢者虐待防止につながります。

「これって虐待なのかな?」

「こんなことを相談してもいいのかな?」

そう思った時点で、相談していいんです。

介護は、一人で背負わなくていい。

一緒に考えていきましょう。

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